学校ブランディングの進め方|志願者を伸ばした学校の事例と共通点
学校のブランディングというと、校章の刷新、制服の変更、パンフレットの作り直しといった話になりがちです。
志願者が減り始めたとき、まずそこへ手が伸びることがあります。
しかし、受験生や保護者にどう思われたいかが決まっていないのに、校章やパンフレットが形になるはずがありません。
学校のブランドが強いかどうかは、受験生に対し「この分野で進学するなら、どこですか」と訊いて、自校の名前が最初に挙がるかどうかで判断ができます。
優秀な大学といえば東京大学、運動なら日本体育大学というように、ある分野で真っ先に思い浮かぶ位置があります。
この位置を、トップ・オブ・ザ・マインドと呼びます。
そして、このトップ・オブ・ザ・マインドは、総合力では取れません。
すべての分野で平均以上を目指すと、どの分野でも最初には思い出されないためです。
この位置を取るのに、規模や歴史は要りません。
必要なのは、どの分野で1番になるかを決めることと、そこへ人と時間を集中させることです。
実際に志願者数を伸ばした学校は、学力ではない軸を選んでいます。
本コラムでは、志願者数を実際に伸ばした国内外の学校が、何を絞り、どういう順序でブランドを作ったのかをお伝えします。
学校ブランディングの進め方|志願者を伸ばした学校の事例と共通点
結論|「◯◯といえばこの学校」の位置を取れるかどうか
学校のブランドが強いかどうかは、2つの質問で測れます。
1つ目は「うちの学校といえば、何ですか」、2つ目は「この分野なら、どこですか」です。
前者で具体的な言葉が返ってこなければ、認知されていません。
後者で自校の名前が最初に挙がらなければ、競合に遅れを取っています。
この2つ目の質問で最初に挙げられる位置が「トップ・オブ・ザ・マインド」です。
ブランドの強さは、2つの質問で測れる
1つ目の質問は、在校生と保護者に聞けます。
「うちの学校を人に説明するとき、何と言いますか」と聞いて、返ってきた言葉が自校のブランドです。
返ってくる言葉が人によってばらばらであれば、まだ形になっていません。
聞くタイミングは、例えば、入学から半年ほど経った時期が良いでしょう。
入学直後は、志望動機はしっかり思い出せますが、まだ実際の印象が固まっていません。
しかし、半年ほど経つと、期待通りだった点とそうでなかった点が分かれ来るので、生徒たちに自分達の学校のイメージがどのように伝わっているか、克明に把握できます。
2つ目の質問は、まだ入学していない層に訊く必要があります。
中学生や高校生、あるいはその保護者に「この分野で進学するならどこか」と聞いて、自校の名前が出るかどうかを確認します。
この質問により、学校のイメージだけでなく、研鑽して来た強みがどの程度伝わっているかを把握することができます。
総合力では、トップ・オブ・ザ・マインドを取れない
トップ・オブ・ザ・マインドは、1つの分野に1校しか入れません。
そのため、2番手以下との差は大きく開きます。
例えば、コーラといえばコカ・コーラ、テーマパークといえばディズニーランドが一度頭に思い浮かんだら、その後、改めて2番手が思い浮かべられることはほとんどありません。
ペプシにも東京ドームシティアトラクションズにもそれぞれの良さがありますが、最初に名前が思い浮かべられないのであれば、検討の候補からは大きく後退することになります。
これは、学校でも全く同じです。
「良い大学」という広い枠で1番を取ろうとすると、歴史も規模も予算も上回る相手と正面から競うことになるため、新設の学校や中堅以下の学校が勝てる可能性は限りなく低くなります。
もちろん、2番手以下の大学でも入学者は集まります。
しかし、1番であればその大学を志望して来ますが、2番手以下では併願先として来ることになります。
そして、併願先は上位校の合格状況で人数が動くため、自校の努力とは別のところで数字が大きく揺れることになります。
ポイントは、自分達が勝てる分野まで枠を狭めること
真正面から競り合って勝てないなら、勝てる場所を探し局地戦を挑むのがセオリーです。
具体的には、自分達が戦う枠のほうを狭めます。
例えば、「良い大学」ではなく「工学部で、就職に強い大学」まで絞る。
あるいは「地元で、看護師になれる学校」まで絞る。
枠を狭めると、対象になる受験生は減るのではと、心配するかもしれません。
ですが、その中で最初に思い出されれば、資料請求も出願も来ます。
広い枠の中で20番目にいるより、狭い枠の中で1番であるほうが、志願者数につながります。
狭める軸は、学問分野だけではありません。
地域、卒業後の進路、学費、通いやすさ、面倒見の良さといった様々な軸があります。
「優秀であること」だけが、学校の価値ではありません。
狭めた枠は、対外的な発信でそのまま使い、パンフレットの表紙、サイトの見出し、説明会の冒頭、すべて同じ言葉にしましょう。
媒体ごとに言い換えると、見た人の印象に残り難くなってしまいます。
学校のブランディングは、企業と違うところがある
一般の企業向けに書かれたブランディングの手順を、そのまま学校に持ち込むと合わない部分が出ます。
違いは3つあります。
この3つを踏まえずに企業向けの手順をそのまま当てると、途中で行き詰まります。
「優秀であること」だけが価値ではない
企業の場合、ブランディングは、売上、利益、マーケットシェアなど、数字目標の達成手段である場合が少なくありません。
しかし、学校を選ぶ理由は数字だけではありません。
もちろん、数字も重要な要素ではあります。
ですが、前述の通り、地元から通えること、学費が抑えられること、特定の資格が取れること、面倒見が良いこと、自由闊達な校風であること、多様な分野で活躍している先輩を排出していること、部活動が盛んであることなど、どれも、その学校を選ぶ十分な理由になります。
数字を軽視している訳ではありません。
しかし、数字だけで勝負するということは、1よりは2が、2よりは3が大きく、必ず勝ち負けがはっきりとします。
そして、その分野の先達を上回ることは困難です。
一方、評価基準のバリエーションが増えるということは、数字の大小や長短以外の価値観も認めるということであり、その中で自社が勝てる枠を探し、そこにリソースを絞った方が勝てる可能性は高まります。
別の軸を探すときの大きな手がかりは、既存の在校生です。
学力が理由で来た生徒ばかりではないはずです。
通学時間、部活動、卒業生とのつながり、学費、その他の理由を丁寧に聴き取り、自分達の強みと照らし合わせましょう。
実際に来ている理由の中に、まだ言葉になっていない軸があるはずです。
売上や利益ではなく、学校には様々な目標がある
前述の通り、企業のブランディングは、売上や利益、マーケットシェアなどの、数字を無視することはできません。
しかし、学校は違います。
研究の成果、卒業後の進路、地域への貢献、在学中の満足度、経営の安定など、様々な目標があり、しかも、それらの目標が互いに強く影響し合うことがあります。
例えば、研究に資源を割けば、学生への手当てが薄くなります。
また、進路実績を上げようとすれば、入学時の選抜を厳しくすることになります。
だからこそ、全校で何を優先するかを予め明確に決めておく必要があります。
決めていないと、学部毎に意見が対立したりして、学校全体としてのブランディングを弱めてしまうことに繋がります。
優先順位を決めるときは、順位をつけるのではなく、当面の3年で何に資源を寄せるかを決める形が現実的です。
研究と進路のどちらが大事かという議論は結論が出ませんが、この3年はどちらに人と予算を寄せるかであれば、決めることはできます。
学校に通う人と、学費を払う人が違う
もう1つの違いは、意思決定の構造です。
一般消費者向けの商品やサービスは、基本的に買う人と使う人が同じですが、学校の場合は、通う人と学費を払う人が異なります。
通うのは生徒や学生、費用を払うのは保護者です。
また、重要視する項目も、違っていることが少なくありません。
一般的に生徒は、学校に通っている間のことを重視しますが、保護者は、卒業後の進路、費用の総額、安全性なども重視します。
そのため、どちらか一方に向けた発信では足りません。
ただし、同じメッセージを生徒と保護者の両方に向けて発信することはできます。
例えば、「就職に強い」という言葉は、保護者には安心の材料になり、生徒には努力の目標に受け取られます。
両方に届く言葉を探すのが、学校のブランディングの難しさであり、腕の見せどころになります。
さらに、進路指導の先生や塾の講師という第三者も判断に関わります。
この人たちは、生徒本人や保護者より多くの学校を比べています。
数字が好転した国内の4校
ここからは、実際に志願者数を伸ばした学校を見ていきます。
4校とも、絞り込みの軸が明確です。
公表されている数字をもとに、何を軸にしたかを見ていきます。
近畿大学|志願者数で全国1位を維持
近畿大学は、私立大学の入試における志願者数で全国1位を長年維持しています。
直近の公表データでは6連覇を達成したとされています。
同大学の取り組みで知られているのは、完全養殖に成功したマグロを軸にした発信です。
研究の成果を、一般の人にも伝わる形で外へ出しました。
飲食店を出店し、そこで実際に食べられるようにするところまで踏み込んでいます。
ここで押さえておきたいのは、広告の量ではなく、軸が1つに絞られている点です。
総合大学でありながら、外に向けた顔を「マグロ」という具体的なポイント1点に置きました。
分かりやすいポイントが1点に絞られていると、残りの分野もその印象に引き上げられます。
マグロの完全養殖に成功した研究そのものが希少なため、この方法をそのまま真似することはできません。
しかし、同校の考え方は流用できます。
学内にある研究や実績のうち、専門外の人にも伝わるものを1つ選んで、そこを外向けの顔にするという方法です。
追手門学院大学|9年連続で志願者が増えた
追手門学院大学は、2021年度入試で公募制推薦入試や一般入試を含めた総志願者数が3万2,293人となりました。
前年比111.4%で、前年を3,303人上回っています。
少子化が進む中で、9年連続の志願者増加です。
同大学は、関西の私立大学の中で「改革力が高い大学」として4位、「教育力が高い大学」として5位という評価を得ています。
ここでの軸は「改革」です。
学力の水準で上位校と競うのではなく、変わり続けていることを前面に出しました。
順位が上の大学と同じ土俵に乗らず、別の軸で自校の位置を作った例です。
改革を軸にするという選択には、続けなければならないという条件が付きます。
1度改革して終わりでは、その軸は保てません。
9年連続で志願者が増えているという事実は、9年間変わり続けたことの結果でもあります。
金沢工業大学|就職に強いという一点
金沢工業大学は、「自ら考え行動する技術者の育成」という教育目標を掲げ、プロジェクトを軸にした学び方を続けています。
同大学のブランドは「就職に強い金沢工大」という一点に集約されています。
保護者が最も気にする卒業後の進路に、真正面から答える形です。
学力の偏差値ではなく、卒業後の実績で語る。
この選択が、保護者の実利に直結するブランドを作りました。
工学系という分野の中で、就職という軸を取ったことになります。
この軸は、数字で示せるところが強みです。
就職率、進路先の企業名、資格の取得実績など、どれも毎年更新でき、そのまま説明会の材料になります。
抽象的な理念より、保護者に伝わりやすい、強いメッセージとなります。
東洋大学|都心回帰で10万人を突破
東洋大学は、地方からの学生が減り、都心を志望する傾向が強まることを見据えて、大規模なキャンパスの都心回帰を進めました。
一般選抜の志願者数は、2021年度の8万9,821人から2024年度には10万2,910人へ増えています。
10万人の大台を超え、私立大学として全国4位の志願者数となりました。
ここでの軸は「立地」です。
教育の中身を変えるのではなく、通いやすさという別の軸に投資しました。
学力でも研究でもない軸で、志願者数を動かした例になります。
立地は、資金を要する軸です。
中小規模の学校がそのまま真似できるものではありません。
ただ、通いやすさという軸は、キャンパスの移転以外でも作れます。
スクールバスの経路、最寄り駅からの導線、下宿先の紹介など、規模に合った形で同じ軸を取ることはできます。
4校に共通するのは、勝てる枠に絞り込んだこと
4校とも規模も地域も違いますが、やっていることは基本的に同じです。
外に向けたメッセージを1つに絞り、そこに資源を集めています。
ただし、やっていることは同じでも、メッセージの内容は、4校とも違っています。
戦う枠は、学力である必要がない
4校が選んだ枠を並べると、マグロという研究成果、改革、就職、立地となっており、学力を軸にした学校が1つもありません。
学力で1番を取れるのは1校だけです。
残りの学校が学力で競うと、必ず2番手以下になります。
そこで別の枠を探すと、まだ誰もトップ・オブ・ザ・マインドを取っていない枠が見つかる可能性があります。
学力を自校が戦う枠にできる学校は、その地域で1校か2校しかありません。
それ以外の学校が学力を前面に出すと、「あそこには及ばないが」という前置きが比較の中で必ず入り、上位校の説明を補強する結果になります。
枠を絞ると、残りの分野も引き上げられる
1点に絞ることへの抵抗として、他の分野が埋もれるのではないかという心配があります。
しかし、実際には全く逆のことが起きます。
例えば、近畿大学はマグロの養殖で知られた結果、他の学部の志願者も増えました。
1つ強い印象があると、その学校全体の印象の向上が上がります。
何も特徴がない状態で全分野を平均的に紹介するより、1点で強く覚えられるほうが、結果として全体の印象を引き上げることになりやすのです。
ただし、絞った1点が実態と離れていると、長く続きません。
「就職に強い」と掲げるなら、実際にその実績を出し続ける必要があります。
絞り込みは、資源の配分とセットになる
絞るとは、人と予算をそこへ集中させることであり、掲げる言葉を差し替えるだけでは、絞ったことになりません。
東洋大学の都心回帰は、キャンパスへの大規模な投資を伴っています。
近畿大学のマグロは、研究の継続と、飲食店の出店という事業を伴っています。
言葉を変えて、資も源の配分がそのままであれば、外からは何も変わって見えません。
学校の場合、資源は予算だけではありません。
教職員の時間や、入学希望者向け説明会で話す内容の配分も、重要な資源です。
予算が増やすことができなかったとしても、これらの資源を絞ったポイントに集中させることはできます。
また、資源配分を集中させた後は、外部に対し自校のメッセージがちゃんと届いているかを確かめることが重要です。
例えば、高校の進路指導の先生や、塾の講師に対して、「うちの学校を生徒に勧めるとき、何と説明されますか」と確認したことが無ければ、ぜひお勧めします。
。
加えて、配分を変えるときは、何を減らすかを同時に決めることも重要です。
増やすことだけ考えると、現場の負担が増えるだけで、長続きはしません。
海外の大学でも、構造は同じ
海外にも、絞り込みで数字を動かした例があります。
規模も制度も違いますが、絞り込みで数字を動かしたという構造は共通しています。
ハイ・ポイント大学|学生1,500名から6,335名へ
米国ノースカロライナ州のハイ・ポイント大学は、2005年時点で学生数1,500名の小規模校でした。
同年に就任した学長のもとで、大学を「学問の場」ではなく「学生が過ごす体験の場」として作り直しました。
キャンパスへの投資は総額30億ドル以上に達し、新築と改築を合わせて128棟が整備されています。
その結果、学生数は2024年秋に6,335名となり、過去最高を記録しました。
教職員数も2005年の108名から502名に増えています。
2024年の卒業生については、180日以内のキャリアまたは大学院進学の割合が99%とされ、全米平均を14ポイント上回ったと公表されています。
ここでの軸は「体験」です。
学力でも研究でもなく、在学中に何を経験するかに資源を集めました。
この事例で注目したいのは、投資の規模ではなく、投資先の選び方です。
研究設備でも教員の増員でもなく、学生が日々過ごす環境に集中させました。
何に資源を寄せるかを決めた結果として、学生数が4倍になっています。
バブソン大学|分野を1つに絞る
米国マサチューセッツ州のバブソン大学は、学生数が3,000名に満たない小規模なビジネス系の単科大学です。
近隣にはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学があります。
同大学は、経営学全般ではなく「アントレプレナーシップ(起業家教育)」の一点に資源を集中させました。
専門のコースを多数用意し、学部生に実際の事業立ち上げを経験させる仕組みを作っています。
その結果、米国の大学ランキングのアントレプレナーシップ部門で、長年にわたり全米1位を維持しています。
総合順位では上位に登場しませんが、起業を志す学生にとってのトップ・オブ・ザ・マインドを取りました。
日本でいえば、総合順位ではなく特定の分野で「といえばここ」を取った形です。
規模で劣る学校が取れる位置として、非常に参考になります。
総合順位に登場しないことを、同大学は問題にしていません。
起業を志す学生にとって最初に名前が挙がれば、その層は集まるためです。
すべての受験生に知られる必要はない、という割り切りがあります。
日本とは条件が違うところもある
ただし、海外の手法をそのまま持ち込めない部分もあります。
米国の大学は学費が高額で、そのぶん大学独自の奨学金による大幅な値引きが常態化しています。
定価を高く設定して優秀な学生には多額の奨学金を出すという方法は、日本の制度や社会通念では取りにくいものです。
寄付の文化も違います。
卒業生や地域の資産家からの寄付が運営の柱になっており、その運用益が経営を支えています。
ハイ・ポイント大学の30億ドル規模の投資も、この仕組みがあってのものです。
参考にするのは、資金の集め方ではなく、絞り込みの考え方のほうです。
誰に何を提供する学校なのかを明確にし、そこへ資源を集中させることは、は、条件が違っても同じように重要です。
ロゴや名称の変更から入ると、失敗する
ここまでは成功した例を見てきましたが、、失敗が繰り返されている例もあります。
典型的には、ロゴや名称の変更から入ることです。
例えば、英国の名門校では、同じ失敗が3件も起きており、大いに参考になります。
キングス・カレッジ・ロンドン|1か月で撤回した名称変更
英国のキングス・カレッジ・ロンドンは、2014年末に、プロモーション上の名称から「カレッジ」を外し、「キングス・ロンドン」とする案を発表しました。
理由は、海外の受験生や保護者にとって「カレッジ」という語が専門学校と誤解されやすく、国際的な募集の妨げになるというものでした。
外部のブランドコンサルティング会社を起用し、およそ30万ポンドをかけて新しいロゴやウェブサイトの準備を進めていました。
しかし発表直後から、学生と卒業生の強い反発が起きました。
オンラインの反対署名には1万2,000人以上が集まり、「学生生活の改善に使うべき資金の無駄遣いだ」という批判が広がりました。
結果として、発表から1か月後の2015年1月に、この案は完全に撤回されています。
名称を変える理由そのものは、筋が通っていました。
海外での募集を考えれば、誤解を招く語を避けたいのは自然です。
それでも撤回に至ったのは、その理由を、現在の名称に愛着を持っている学生、卒業生、その他の学校関係者に丁寧に説明することなく、外部に向かって発表してしまったためです。
ウォーリック大学|デザインではなく、信頼が問題だった
同じ英国のウォーリック大学は、2015年4月に、およそ8万ポンドをかけて新しいロゴとブランドカラーを発表しました。
学生からは「学術機関としての威厳を損なう」という批判が出て、撤回を求める署名に4,000人以上が賛同しました。
ただ、この騒動の背景にあったのは、デザインの良し悪しではありません。
当時、副学長の高額な報酬や、学費に抗議する学生への対応をめぐって、大学と学生の関係が悪化していました。
そのため、ロゴの刷新は、学生不在の運営を象徴するものとして受け取られました。
つまり、ブランディングは、組織と関係者の信頼の上にしか成り立たないということです。
この事例が示しているのは、ブランディングには、着手してよい時期とそうではない時期がある、ということです。
学内の信頼が損なわれている状態で、学校関係者の理解を得ずに一方的に見た目を変えると、その支出自体が批判の材料になります。
インペリアル・カレッジ・ロンドン|2024年にも同じことが起きた
英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンでも、2024年に同種の騒動が起きています。
国際的な視認性を高める目的で新しいロゴと呼称の変更を進めたところ、学生から「物流会社のようだ」「菓子の商標のようだ」と批判され、2,700人以上の反対署名が集まりました。
3件に共通しているのは、外に向けた見え方を優先し、そこに集まる人たちの受け止め方を確かめなかったことです。
学校のブランドは、経営側が一方的にデザインするものではなく、在校生、卒業生、教職員が積み上げてきたものの集合体です。
そのため、彼ら・彼女らから理解を得るための努力を怠ると、どんなに費用をかけてロゴや名称を決めても、そのぶんだけ反発が返って来ることになってしまいます。
最初に、どんなブランドで在りたいか=ブランドアイデンティティを決める
では、何から決めるのでしょうか。
ロゴやパンフレットではなく、受験生と保護者にどう思われたいかを表す、自組織のブランドアイデンティティです。
ブランドアイデンティティが明確に決まっていれば、後の判断はすべてここに照らして決められます。
ブランドアイデンティティは、外向けの標語ではない
ブランドアイデンティティは、受験生に向けた単なるキャッチコピーではありません。
学校運営に関わる全ての教職員達が、自校のブランドを構築するため、判断の根幹に用いるものであり、企業の場合は、自社の製品・サービスが競合他社の製品・サービスとどこが違うか、自社ブランドがターゲットユーザーに対しどうイメージされたいかを端的に表したメッセージです。
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そのため、短くて、具体的で、迷わず行動に移せるものであることが重要です。
例えば、「就職に強い学校」「地元で看護師になるならここ」といった形です。
民間の企業なら、以下のようなブランドアイデンティティがあります。
- スターバックス:サードプレイス(第3の居場所)
- Google:世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること
- Amazon:地球上で最もお客様を大切にする企業であること
ブランディングとは、端的に説明すると、組織の中にあるブランドアイデンティティを顧客の中にあるブランドイメージと一致させる活動です。
ですから、ブランドイメージを作るためのロゴやキャッチコピーは、ブランドアイデンティティができた後に作ります。
この順序が逆になると、対外的なイメージに合わせて自組織のブランドアイデンティティを規定することになり、ブランドが目指す場所が、本来在るべき姿とかけ離れたものになってしまいます。
ブランドアイデンティティが建学の精神とずれていないか
ブランドアイデンティティを作る前に、建学の精神や教育目標を確かめます。
作った言葉がそこと食い違っていると、学内で一貫性が保てません。
例えば、建学の精神に「地域に根ざす」と掲げている学校が、ブランドアイデンティティを「全国から学生が集まる学校」とした場合、教育方針としてはどちらも間違いではありませんが、ブランドとしてはどこに向かっているのか分からなくなり、受験生やその保護者達にも、「何のために自校に入学するのか」が伝わり難くなります。
誰に向けるかを、狭く決める
ブランドアイデンティティを決めると同時に、誰に向けるかターゲットを決めます。
ここで範囲を広く設定してしまうと、結局は誰にも届きません。
そのため、具体的な人物像が思い描けるまで絞り込みましょう。
全方位に向けると、誰にも届かない
例えば、「地域の高校生へ」では広すぎます。
上位校を狙う層と、進学先を決めかねている層では、見ている項目も、資料を読むタイミングも、全く違います。
そのため、両方に向けた言葉は、どちらにも刺さりません。
また、絞る作業で難しいのは、対象から外す判断のほうであり、これまで受け入れてきた層が対象から外れることもあります。
ですが、これは、発信するときに誰を思い浮かべるかを決める作業です。
外れた層の受け入れをやめる、ということではありません。
水道ホースも、絞った方が勢いが増します。
日光も、虫メガネで焦点を絞ると火を起こすことさえできるようになります。
勇気をもって、ターゲットとなるペルソナを決めましょう。
教職員の言葉が揃っていないと、外部に伝わらない
ブランドアイデンティティが決まったら、次は学内への共有です。
教職員が自分の言葉で説明できないものは、受験生にも保護者にも伝わりません。
揃えるとは、同じ文言を暗記することではありません。
判断に迷ったとき、同じ結論にたどり着ける状態を指します。
説明会で話す人が、接点そのものになる
受験生と保護者が自校に触れる場面のうち、経営層が立ち会えるのは一部です。
多くは、説明会の担当者、オープンキャンパスの案内係、電話の問い合わせに答える事務職員との接触です。
その一つひとつで違う印象を与えていれば、ブランドアイデンティティがブランドイメージとして定着することはありません。
パンフレットに「面倒見が良い」と書いてあるのに、問い合わせの電話が事務的であれば、ブランドが成り立たないばかりか、企業の信用そのものが毀損されてしまうので、注意が必要です。
アイデンティティを作る場に、教職員も参加させる
ブランドアイデンティティを経営層だけで決めると、現場は他人事として受け取ります。
作る場に、受験生と直接接している教員と事務職員も参加してもらうようにしましょう。
ただし、ブランドアイデンティティを最終的に決めるのは、飽くまでもその学校の経営層であるべきです。
教職員などの学校関係者の意見を聴くことは重要ですが、反対意見が出る度にアイデンティティを作り直したり、意思決定そのものを委ねるようなことがあれば、単なる迎合となり、結局、何が言いたいのか分からないブランドになってしまいかねません。
そのため、組織規模にもよりますが、部門横断的なプロジェクトチームを作り、そのメンバーにより、趣旨説明→意見募集→草案の説明→意見募集→最終候補案の作成のように教職員にも一定の参加機会を提供しながら進めて行くのが有効です。
よくあるご質問
学校のブランディングについて、学校の理事や広報のご担当者からいただくご質問をまとめました。
効果が出るまで、どれくらいかかりますか
ブランドの構築自体に1~2年くらい、出願数などに表れるまでが2~3年というのが、おおまかな目安です。
時間がかかる理由は、受験生が学校を検討する期間そのものが長いためです。
高校3年生に届いた言葉が出願につながるのは同じ年度ですが、高校1年生に届いた場合は2年後になります。
この待つ期間を短くする方法が、1つだけあります。
高校の進路指導の先生に、新たに決めた自校のブランド軸を直接伝えることです。
1校ずつ回って伝えると、生徒に届くまでの時間が短くなります。
特色をたくさん持っているのですが、絞らないといけませんか
絞るのは、飽くまで外部に向けたメッセージだけであり、今持っている優れた特色を放棄する必要はありません。
パンフレットにはすべての学部と施設を並べても構いませんが、表紙と最初の見開きには自校のブランドが一番伝わりやすいメッセージを掲載します。
受験生が最初に触れる場所で明確なブランドメッセージを伝えることで、心の中に明確なブランドイメージが形成されます。
実際、近畿大学がマグロで知られていても、他の学部が無くなったわけではありません。
1点に絞ったブランドメッセージで覚えられた後に、残りの要素を知ってもらうようにするのがお勧めです。
まとめ|まず、「何でトップ・オブ・ザ・マインドに選ばれたいか」を明確にする
学校のブランディングで誤りやすいのは、校章やパンフレットから手をつけてしまう点です。
受験生と保護者にどう思われたいか、ブランドアイデンティティが明確に決まっていなければ、ロゴやネームなどを形にしようがありません。
実際、英国の3つの大学では、アイデンティティを理解してもらう前にロゴや名称の変更に着手した結果、いずれも学生の反発を招きました。
そして、どの要素も平均的なブランドが、トップ・オブ・ザ・マインドを取ることはできません。
志願者数を伸ばした4校が選んだ軸は、研究成果、改革、就職、立地であり、学力を軸にした学校は1つもありませんでした。
つまり、「優秀であること」だけが学校の価値ではなく、様々な分野でトップ・オブ・ザ・マインドを取れる可能性がある、ということです。
生徒のニーズと自校の強みが重なる分野に絞って、最初に思い出される位置、つまり、トップ・オブ・ザ・マインドを取ることが、規模でも歴史でも上回れない学校にとって、現実的な戦い方になります。