安全配慮義務違反だけじゃない!? 東京都カスハラ防止条例の3大リスク

東京都カスハラ防止条例

2024年10月4日、東京都議会では全国初の「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(以下:東京都カスハラ防止条例)」が可決され、2025年4月1日から施行となりました。顧客対応の現場における理不尽な要求に注目され、カスハラ防止条例案が可決されたことには、大きな意味があります。

しかし、カスタマー・ハラスメント(いわゆるカスハラ)に対してご相談いただく方の中には、東京都カスハラ防止条例について、以下のような誤解をされている方がおられます。

  • 東京都の条例だから、東京都以外の事業者には関係無いでしょ?
  • 大企業の話しだから、中小企業には関係無いでしょ?
  • カスハラをするお客様を規制する条例だから、事業者がやることは無いでしょ?

今回は、上記のような誤解を踏まえ、東京都カスハラ防止条例のポイントと、東京都以外の事業者様も含めた対応の方向性について解説いたします。
※本コラムは2024年10月31日時点の情報に基づいて作成しています。

安全配慮義務違反だけじゃない!? 東京都カスハラ防止条例の3大リスク

「カスタマー・ハラスメント(カスハラ)」の定義とは

最初に、カスハラとは具体的にどういう行為でしょうか?

このように質問すると、以下のような回答をされることが少なくありません。

・従業員個人の対応を非難するようなクレーマー
・同じことをしつこく何度も要求してくるようなモンスターカスタマー
・もう少し幅広く、一筋縄では解決できないようなハードクレーム

しかし、実は上記の回答はどれも違います。
「カスハラ」はクレームではなく、“ハラスメント”の一種です。ですから事業者は、パワハラやセクハラなど他のハラスメントと同様に、カスハラに対しても主体的・積極的に予防・対策する義務があります。

ちなみに現在、公におけるカスハラの定義は、前述の東京都カスハラ防止条例と厚生労働省の『カスタマーハラスメント対応策企業マニュアル』の2つがあります。このように伝えると、「2つの定義に対応しなきゃいけないなんて面倒だ」と仰る方がいらっしゃいます。しかし、この2つはカスハラの定義としては密接に関連しており、事業者への要求事項としてもほとんど同じであることには、注意が必要です。

東京都カスハラ防止条例・第二条(定義) ※箇条書きは筆者が設定

東京都カスハラ防止条例では、第二条5項でカスハラを以下の通り定義しています。

顧客等から就業者に対し、 その業者に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう。

上記のうち「著しい迷惑行為」については、同条の4項で以下の通り定義されています。

暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為 をいう。

「違法な行為」については、暴行、脅迫と例示されている通りまさに「“違法”な行為」であり、条例以前に刑事罰の対象となるような行為なので、イメージしやすいかと思います。
他方、「その他の不当な行為」については、東京都カスハラ防止条例には例示が無いため少々イメージしにくいかもしれませんが、これについては厚労省マニュアルが参考になります。

「その他の不当な行為」とは

厚労省マニュアルでは、「要求の内容が妥当性を欠く場合」の例として、以下の様に記載されています。

・事業者の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない
・申出の内容が、事業者の提供する商品・サービスの内容とは関係がない

前者の例としては、顧客自身が注文を間違えたのに対し商品の取り換えを要求したり、パチンコで負けた腹いせで店員に怒鳴り散らしたり、といったことです。また後者の例としては、店が注文を間違えたことに対し大幅なアップグレードを要求したり、宛名を間違えたことに対し特別グッズの提供を要求したり、といったことです。
上記の様な対応をした場合には、厚労省マニュアルにおける「要求の内容が妥当性を欠く場合」に該当する可能性が高いと考えられます。

カスハラの見極めのポイント

カスハラは前述の通りハラスメントの一種です。そのため、「しつこいから」「怒っているから」「✕✕と言ったから」などの理由で事業者が一方的に「だからこのお客様はカスハラだ!」と決め付けるのではなく、上記の定義に当てはまるか否かをしっかり見極められる仕組みを作って行くことが、基本的な対応になります。
また、実際の接客の現場では正当なクレームもあれば悪質なカスハラもあり、そのどちらとも区別が難しいようなグレーな案件も沢山あります。そういった案件に対して、単に仕組みを作っただけでは、その場その場で適切に見極め対応することは困難です。そのため、見極める仕組みを作ったら、過去に実際に発生したトラブルをあてはめて評価を話し合い、評価結果や判断基準などを社内で共有するようにすると良いでしょう。 そういった仕組み作りや評価基準の共有について、もし進め方が分からない場合は、ぜひ、専門家にご相談されることを強くお勧めします。

「就業環境を害するもの」とは

東京都カスハラ防止条例は、第十四条の「事業者による措置等」として、以下の通り定めています。※箇条書きは筆者が設定

事業者は、顧客等からのカスタマー・ハラスメントを防止するための措置として、指針に基づき、 必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成 その他の措置を講ずるよう努めなければならない。

また、厚労省マニュアルでは、著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組として、以下の通り定めています。

相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備被害者への配慮のための取組(被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない等の取組)、~顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組(マニュアルの作成や研修の実施等、業種・業態等の状況に応じた取組)

メンタルヘルス不調への相談対応、一人で対応させない、マニュアル作成に加えた研修の実施など、厚労省マニュアルの方がより具体的な印象を受けますが、下線部分を見比べていただければ、両者が実質的に同じ内容であることが分かります。
他方で、両者で規定されていた「就業環境を害するもの」が「顧客による就業環境を害する行為」だと想像されていた方は、少々意外に思われたのではないでしょうか。と言うのも、両者で規定されているのは「顧客による就業環境を害する行為」そのものではなく、『「就業環境を害する行為」を防止するために事業者がやらなければならないこと』であるからです。
大前提として、カスハラを行う人が一番の問題であることには、議論の余地はありません。しかし、前述の通り、「カスハラ」はクレームではなく、パワハラやセクハラと同じ“ハラスメント”の一種です。ですから、東京都カスハラ防止条例も厚労省マニュアルも共通的に、「就業環境を害するもの」として事業者が行うべき措置や取組が規程されているのです。

事業者にとってのリスクの確認

これまで見て来た通り、東京都カスハラ防止条例と厚労省マニュアルは極めて密接した内容です。また、東京都カスハラ防止条例は東京都内の事業者が対象ですが、厚労省マニュアルは、条例ではありませんが国の監督省庁が公開しているマニュアルであり、どこからでも見ることができます。自治体に目を向けても、2024年の9月には、北海道議会でカスハラ条例について意見募集を行い、群馬県の山本知事が方針制定について「できるだけ早く」とコメントし、埼玉県では連合埼玉が大野知事に政策要請を行うなど、全国の自治体で対策の動きが進んでいます。

対象の組織についても、大企業だけが対象だと誤解されている方もいますが、そうではありません。厚労省マニュアルも東京都カスハラ防止条例も、企業を守るためのクレーム対策ではなく、飽くまでも従業員を守るためのハラスメント対策なので、中小企業、零細企業、個人事業主、NPOなど、人が働くあらゆる組織が対象になります。

従って、両者が要求している内容に対応しなければ、東京都以外の事業者であっても、中小企業や個人事業主であっても、以下のような事態となる可能性があります。

安全配慮義務としての行政指導

カスハラに伴う何らかのトラブルが生じた場合には、東京都カスハラ防止条例への違反となる可能性に加えて、労働契約法第5条により規程されている安全配慮義務への違反とされる可能性があります。 なお、東京都カスハラ防止条例には罰則が無いとの記事などを見ることがありますが、安全配慮義務に違反した場合は異なります。行政から指導勧告を受けたり、勧告に従わない場合や違反内容が悪質な場合は社名公表されたりする場合もあります。厚労省マニュアルでは「カスタマーハラスメントに関する企業の責任」として、カスタマーハラスメントが発生した際に企業・組織が十分な対応を取らず、裁判により損害賠償責任を負うと判断された事例も紹介しています。

従業員満足度の低下

ハードクレームやカスハラへの対応は、従業員にとっても大きな負担です。ですから、もしも事業者が、東京都カスハラ防止条例や厚労省マニュアルで要求されているような対応を怠り、カスハラを放置したりしたら、従業員満足度の低下や、その結果としての退職を避けることはできません。最悪の場合には、退職した従業員から学校内などで「あそこはカスハラを放置して何もしてくれないから、絶対やめた方が良いよ」などと悪評が広まってしまい、退職の補填さえできなくなる可能性もあります。

顧客の離反

もし、お店で買い物や飲食をしている時に、すぐ隣で暴言を怒鳴り散らしているお客様がいたとして、お店側がそれに何もせず放置しているようであれば、再びそのお店に行きたいと思うでしょうか?
中には「止めろ」と言ってくれるお客様もいますが、そのような場合でもやはり放置せず、事業者が主体となって対応しなければ、周囲のお客様の離反は避けられません。

対策の方向性

カスハラ対策の基本方針としては、現状分析 → 基本方針の策定・対策立案 → 内外への周知 → 実行 → モニタリング・コントロールとなります。この中でも、見落とされがちですが、「現状分析 → 基本方針の策定」のプロセスは絶対に省略しないように注意が必要です。

なぜ、基本方針の策定をするのか

実は、東京都カスハラ防止条例にはマニュアルの作成までしか求められておらず、厚労省マニュアルでも、マニュアル作成と研修までしかもとめられていません。それなのになぜ、わざわざ現状分析や基本方針の策定を行うかと言うと、それを行わず発生ベースでマニュアルを作るだけでは、対策がモグラ叩きになってしまい、一生懸命に対応しても、どこに向かっているのか、結局何を達成したのか、さっぱり分からなくなりかねないからです。そうならないためにも、まずは自社にどんなクレームやカスハラが発生しているのか、何が足りなくて、どんな不都合が生じているのか、といった現状をしっかり分析します。そして、その結果に基づいて、対策の目的、カスハラの定義、在るべき姿といった、自社の基本方針を策定することが極めて重要になります。

規程類の整備とマニュアル作成

基本方針を策定したら、それに沿って、権限、予算、体制などを規程類に定め、必要に応じて決済や承認を取って行きます。また、それらが定まったら、業務フローや具体的な作業手順、研修計画などについて、マニュアルや手順書にして行きます。

このように、現状分析に基づいて組織としてのカスハラ対応の基本方針を定め、それに基づいて階層的に規定類やマニュアル類を整備して行くことで、目指す方向性や求める目標が明確になり、組織としての一貫性が確保しやすくなります。

まとめ

最後に、東京都カスハラ防止条例が施行されることにより大きなポイントと思われる点を、簡単にまとめると、以下の通りです。

  • 東京都以外の全国の企業が影響を受ける
  • 大企業だけでなく中小零細や個人事業主など、あらゆる組織・事業者が対象になる
  • カスハラから「企業を守る」だけでなく、「従業員を守る」ことを重視

東京都カスハラ防止条例の内容は厚生労働省が公開しているカスタマーハラスメント対応策企業マニュアル(以下:厚労省マニュアル)と共通部分が多く、後者は日本全国の事業者が参照可能です。そのため、条例の適用対象となるのは東京都内の企業だけですが、東京都以外の事業者だからと言って、その内容を無視するのは危険です。
また、東京都カスハラ防止条例とカスタマーハラスメント対応策企業マニュアルは、両者ともに対象となる企業を大企業だけに限定していません。したがって、中小企業や個人事業主であっても、内容を理解しておくべきです。
加えて、東京都カスハラ防止条例には罰則規定がありません。しかし、厚労省マニュアルでは、対応を怠った場合に安全配慮義務への違反となる可能性を説明しており、左記の対応は従業員を守るために企業が行う取り組みです。

両者は、要求事項も多く、導入に伴う負荷も少なくありません。
しかし、しっかりとした対策を導入することは、従業員の満足度向上や定着に繋がり、組織としてのマネジメント体制の強化や、競争力の向上にも繋がる、極めて重要なチャンスでもあります。ぜひ、自社のクレーム・カスハラの状況を分析し、基本方針の策定や対策の立案を行って行きましょう。 もし、具体的な進め方などについて専門家にご相談を希望の場合は、当社でも承っておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。

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花村広報戦略合同会社
花村 憲太郎(Kentaro Hanamura)

15以上の仕事を経験後、サービス業のカスタマーケア部門のマネージャーとして、従業員教育や顧客満足度の向上に関わる各種施策を担当。平行して、中小企業診断士としてスモール・ミドルへのコンサルティングを経験。その後、自社と社外の任意団体で広報を担当し、プレスリリース、記者会見、メディア対応などを実施。 社内外での広報PRと経営の支援を通じ、広報戦略と経営戦略との一体的な対応により、自社の魅力を継続的に社内外に伝えることが重要であるとの想いを強くし、起業に至る。