【カスハラ対策】「上司を出せ!」「社長を出せ!」への対応を具体的に解説

「上司を出せ」「社長を出せ!」といった要求は、悪質クレームやカスタマーハラスメントの常套句とも言われています。現場では「私が責任を持って対応します」と返すよう指導されることもありますが、それだけで収まるとは限りません。
「上司を出せ」「社長を出せ!」といった要求に、安易に応じてしまうと、以下のような問題点が生じてしまいます。
- 上司の本来業務が滞ってしまう
- 上司の精神的な健康を損なってしまう
- 部下の責任感が低下し、モチベーションが低下してしまう
- 組織全体として、サービスの品質が低下してしまう
- 顧客満足度が低下し、新たなクレームの温床となってしまう
一方、上司への交代要求の中には、担当者の不適切な言動に起因したものなど、客観的に見て上司に交代するのが妥当と思われるケースもあります。また、安易な交代は良く無いからといって、適切な支援が無いまま従業員に押し付けるようなことをしてしまえば、従業員満足度が低下し、最悪の場合、退職や悪評の蔓延に繋がることも考えられます。
このように、「上司を出せ!」「社長を出せ!」といった要求への対応は、企業、顧客、従業員という3者の立場に配慮する必要があり、拒絶して終わりといった、簡単なものではありません。こうした背景からも、個人のスキルに任せるのではなく、組織として明確な対応ルールと体制を整えることが不可欠です。
本コラムでは、コールセンターでの豊富な対応経験をもとに、「上司を出せ!」「社長を出せ!」といった要求に対して、現場でどのように対応すべきかを具体的に解説していきます。実践に役立つ考え方や伝え方のポイントを知りたい方は、ぜひ参考にしてください。
【カスハラ対策】「上司を出せ!」「社長を出せ!」への対応を具体的に解説
なぜ「上司を出せ」「社長を出せ」が起こるのか
「上司を出せ」「社長を出せ」といった要求は、単なる感情の爆発だけでなく、背景にはさまざまな要因が潜んでいます。現場での対応力を高めるためには、なぜこうした理不尽な要求が起こるのかを理解しておくことが重要です。
例えば、東洋大学の社会学部長であり、犯罪プロファイリングの専門家でもある桐生正幸教授は、著書『カスハラの犯罪心理学』の中で、暴力犯罪の動機として「回避・防衛」、「影響・強制」、「制裁・報復」、「同一性・自己呈示」の4タイプを挙げています。
暴力犯罪の動機 | パーソナリティ |
---|---|
①回避・防衛 | 猜疑心、非差別感 →「自分が危害を加えられている」「私が危ない目に遭ったのは、あいつの悪意のせいだ」「私が損をしたのは、あいつの敵意のせいだ」といった被害意識から攻撃行動を高める。 |
②影響・強制 | 競争心、自己主張、支配性、低減後スキル、低対処スキル →自分の意見を通すために戦略的に攻撃行動を使う。 |
③制裁・報復 | 信念の偏り、報復心、権威主義 →「自分が正義」「責任は相手にある」と信じる傾向が強い人がとる攻撃タイプ。 |
④同一性・自己呈示 | 男らしさ、対抗同一性、自己顕示性、プライド →対面やプライドへのこだわりが強い人、たくさん注目されたい人がとる攻撃タイプ。 |
(『カスハラの犯罪心理学』より本サイトで作図)
顧客の要求の背景には複数の要因が重なっていることが多く、上記の他にも、癖やストレス発散、受ける側との相性といったさまざまな要素が絡んでいます。しかし、「上司を出せ」「社長を出せ」と主張する理由を把握できれば、感情に振り回されず適切な対応ができます。
現場対応者が「なぜこの要求が出たのか」に意識を向けることで、過剰な譲歩や感情的なやり取りを避け、組織としての信頼性や一貫性のある対応へとつなげられます。
上司に代わるべきかの判断軸
「上司を出せ!」「社長を出せ!」といった要求には複雑な要素が絡んでおり、慎重な判断が求められます。原則として、安易に上司へ交代すべきではありません。たとえ自社側にミスがあったとしても、上司や社長が関与していない限り、それらの存在に交代する合理的な理由はなく、問題解決に直結しないからです。
ただし、しっかり状況を把握したうえで、以下に該当する場合は例外です。
- 上司が直接関与している、または原因になっている場合
- 上司が専門知識を持ち、早期対応が損害軽減につながる場合
- 組織としての責任を示す必要がある場合
また、現場スタッフの業務知識や対応スキルの未熟さ、恐怖やストレスで対応が困難な状況であれば、従業員を守るためにも速やかに交代が望まれます。ただし、その場合も組織的な防衛の仕組みや従業員に対する適切な教育を行うことで、上司への交代を減らして行く努力が重要です。
謝罪の鉄則:内容に応じた適切な立場の者が行うべき理由
謝罪の大原則は「ミスに応じた立場の者が謝罪をすること」です。お客様が納得するのかは感情の問題であり、気持ちの問題である以上、企業側が完全にコントロールできるものではありません。
もちろん、お客様に納得していただけるよう努めることは重要ですが、従業員やスタッフのミス、不適切な言動に対する謝罪は、まず本人が真摯に謝罪すべきです。上司や、社長がその都度謝罪をして回る必要はありません。
なぜ本人の真摯な謝罪を優先すべきなのか、理由を整理すると以下の通りです。
- 誠意として伝わりやすい
- 上司や上層部が毎回対応するのは非現実的
- 責任を回避する姿勢は企業の信頼を損なう
- 安易な上層部対応は、悪質クレームを助長するリスクがある
- ミスや不適切な対応をした従業員本人にとっても、成長の機会になる
企業は全ての業務を経営層が直接指揮しているわけではありません。
部長、課長、主任、一般職といった階層で役割や権限を分担し、方針やルールに基づいて仕事をしています。
重大な不祥事や組織的な欠陥がある場合を除き、業務上のミスや不適切な言動への謝罪は、それをしてしまった本人が真摯に行うべきです。上司からの謝罪が必要な場合でも、それは、担当者を指導する一階層上の上司までで十分です。
担当者やその直属の上司が真摯に謝罪したのにもかかわらず、なお執拗に上層部への交代を求められる、謝罪に乗じて無理な要求を押し通そうする場合は、毅然とした態度でお断りしましょう。一方、謝罪すべき場面で本人やその上司が責任を回避しようとすると、企業としての姿勢が問われ、更に上層部への交代を要求される理由になりかねないため、注意が必要です。
従業員・スタッフを守るための組織的なカスハラ対策
「上司に代われ!」「社長を出せ!」と強く要求される場面では、多くの場合、対応が長引き、激怒や長時間対応といった負担が発生します。
たとえカスハラではなく自社のミスに起因する正当なクレームであっても、怒りを伴う長時間の対応は、大きなプレッシャーです。ましてや悪質なカスハラの場合は、従業員やスタッフのストレスはさらに深刻です。
従業員やスタッフをプレッシャーやストレスから守るためには、「上司に交代しろ!」「社長を出せ!」といった要求に対するカウンタートークの準備や、感情的なやり取りを抑える仕組みが必要です。カスハラは、は個人のスキルや判断力だけでは対処しきれない場面も多く、現場任せにせず組織として備えることが不可欠です。組織的な対策の整備は、従業員の安心と企業の信頼維持にも直結します。
具体的なカスハラ対策(窓口対応の場合・電話対応の場合)
カスハラが発生する場面は、対面・電話のどちらでも発生します。現場スタッフが過度な負担を感じずに対応できるよう、環境面や運用面の備えを組織的に整えておくことが重要です。
感情的な要求がエスカレートしやすい場面では、抑止力のある仕組みやルールの可視化が有効です。
以下は、窓口・電話対応の現場で実施できる対策例です。
窓口対応の場合
- 自社のカスハラ対応指針や、国のカスハラ対策ポスターをお客様の目につく場所に掲示する
- 威圧的な言動を抑止するため、監視カメラを設置する
- 一人で対応せず、複数名(できればお客様と同等以上の人数で)対応する
電話対応の場合
- 録音システムを導入し、録音アナウンスを事前に伝える
→例:「サービス品質向上のため録音しています」など - 非通知での着信に備え、非通知拒否や、着信拒否を設定する
事前対策の重要性
事前の対策を徹底することで、従業員の精神的負担を抑え、組織としての対応力も高まります。「上司を出せ」「社長に代われ」というクレームは、その場しのぎの対応では、現場も企業も守れません。
誰が対応しても一定の対応ができる仕組みや体制作りが、企業全体のリスクを減らし従業員を守る手段になります。
当社では、カスハラ対応に関するガイドラインやマニュアルの整備、従業員への教育研修、オペレーション改善などのご相談を承っております。「対応に不安がある」「仕組みを整えたい」と感じた企業様は、ぜひ一度ご相談ください。

【事例で解説】上司への交代要求にどう対応するのか
概念的な説明だけでは、具体的な対応のイメージ湧きにくいかもしれません。ここからは、実際のクレーム対応の流れとともに、具体的な対処のポイントを見ていきましょう。
設定は一部変更していますが、「些細なミスに付け込み執拗な謝罪と過剰な要求を行い、要求が通らないと上層部への交代を求めてくる」といった事例は、筆者自身が実際に経験したクレームです。
このような場面で、どのように対応すればよいのか。実際の対応フローを、実例を交えながらご紹介します。
商品交換ができず「上司を出せ」と要求された場合
商品の交換対応を断ったことで、お客様が激昂し「店長を出せ」と要求されたケースです。お客様が感情的になって来たとしても、冷静に対応することが重要です。
【やり取り①】説明不足による初期のトラブル発生
お客様
「お前、事情も聴かないでいきなり断るってどういうことだよ!?」
従業員
「申し訳ありません、ちゃんと拝聴してから回答すべきでした。」
お客様
「で、どうなの?事情ちゃんと教えたんだから、交換してくるんだよな?」
従業員
【やり取り②】説明が伝わらず、不満がさらに高まる
お客様
「いきなり断っておいて、今度はレシート出せってどういうことだよ?」
従業員
「他のお店でも売っている流通品ですから、最低限、当店でご購入いただいたことを確認のうえで対応しております。」
お客様
「俺が嘘つきだっつーのか?おめぇーじゃ話しになんねぇーから店長に代われよ」
従業員
「私の言動が不愉快に感じられたのであれば、私が謝罪いたします。大変申し訳ありませんでした。」
【やり取り③】上司への交代要求が強まる
お客様
「いいから店長に代われよ」
従業員
「お客様への対応は我々スタッフが担当することになっております。上司には私が責任を持って報告し、指導を受けますが、お客様への交代はいたしかねます。」
お客様
「店長に代われって言う客の希望がきけねぇーのか!?」
従業員
「申し訳ありません。」
【やり取り④】再度の謝罪と条件提示による解決の試み
お客様
「ならさっさと交換しろよ。お前が事情も聴かないでいきなり断って来たせいで余計な時間くってイラついてんだよ。“ 責任を持つ “ っつーなら交換しろよ!」
従業員
「事情も聴かずお断りしたことは、私の対応ミスでした。その件は改めてお詫び申し上げます。しかし、交換に応じられないと申している訳ではなく、購入履歴さえお示しいただければ対応可能です。レシートを破棄されたのであれば、クレジットカードの利用明細などご確認してみていただけないでしょうか。」
【やり取り⑤】再度の交代要求に対し対応継続を伝える
お客様
「面倒臭ぇーな、いいから店長に代われよ」
従業員
「恐れ入りますが、必要な謝罪と提案はしております。私が本件の担当者なので、店長への交代はいたしかねます。」
ポイントは、ミスと要求を分けて対応すること
上司への交代をお断りするうえで重要なのは、「是々非々で対応する姿勢」を徹底することです。
つまり、感情や勢いに流されることなく、謝るべきことには真摯に謝罪し、そうでないことには冷静な説明と企業としての代替案を提示するという線引きを行うことで、従業員を守りつつ毅然とした対応が可能になります。
このようなスタンスを顧客対応の現場全体で共有することが、クレームやカスハラに対する適切な対策にもつながります。
実際の対応では、以下の3ステップが有効です。
- ミスと“それ以外”とを明確に分ける
- ミスに応じた謝罪を速やかに行う
- “それ以外”の部分について、組織としてのルールや方針に沿った解決策を提示する
このように「是々非々」で対応できる体制を整えることで、悪質なクレームや過剰な上司による謝罪要求へのけん制効果が生まれます。また、ミスに応じた適切な謝罪と建設的な提案がスムーズに行えることは、顧客満足度の向上にもつながります。
「上司に代わっても同じです」は逆効果になる理由
時折、「上司に代わっても対応は変わりません」といったトークを耳にしますが、この表現は推奨できません。
なぜなら、断定的で上から目線の印象を与える恐れがあります。「なぜ上司では無いお前が“変わらない”と決めつけるんだ!?」と、新たな不満を引き起こす可能性があります。対応時には、上記例のように、上司への交代に応じられない理由を会社の方針であると伝えたうえで、担当者自身が責任を持って対応すると説明することが望ましい対応です。
一貫した姿勢が、企業としての信頼感や誠実さを伝えることにもつながります。
特定の人だけが対応できる体制は危険!カスハラ対策は組織で行う
「〇〇さん以外は対応できない」「クレームやカスハラは●●部長に任せておけばよい」といった属人的な対応は、非常にリスクが高いものです。一部の従業員に負荷や責任が集中すれば、心身の健康が損なわれたり、離職の要因につながってしまいます。
また、運良く休退職に至らなかったとしても、特定の誰かが居る時は対処できてもいないときは対処できなということでは、企業にとってリスクそのものです。
だからこそ、カスハラ対策は組織全体で取り組むことが重要です。特定の個人に依存せず、明確なルールと対応体制を整えることは、従業員の安全を守るだけでなく、企業全体の健全な運営にもつながります。
組織的にカスハラ対策を進めるメリットには、以下のようなものがあります
- 精神的・肉体的な負担を軽減し、従業員の健康と安全を確保する
- 会社が守ってくれるという安心感が、離職率低下につながる
- 不要な対応に時間を奪われず、業務の生産性を維持できる
- 訴訟や行政指導などの法的リスクを回避できる
- 一貫性と公平性のある対応ができ、顧客満足度の向上に繋がる
クレームやカスハラの対応を現場に任せ切りにしてしまうと、対応にばらつきが生じ、企業の信頼を損ねる結果にもつながりかねません。そのため、カスハラへの備えは「個人のスキル」ではなく「組織全体の仕組み」で行うことが重要です。
【まとめ】誰でも対応できる現場へ|まずは無料相談をご活用ください
「上司に代われ!」「社長を出せ!」とう言葉は、クレームやカスハラの常套句です。筆者自身も以前は何百回も言われて上司に交代し、その後は、上司として対応して来ました。その経験を通じて強く感じるのは、典型的な事例であるからこそ組織としての対応方針や組織的な対策が有効である反面、それが無ければ、非常に深刻な事態を免れられない、ということです。
今回ご紹介した対応例は、ごく基本的なものですが、対応方法を知っているだけでも、現場での冷静な対応がしやすくなります。もちろん、実際の現場ではさらに複雑な状況判断や組織的な対応が必要なケースもあるでしょう。
重要なことは、対応を一部の責任者に任せきりにせず、マニュアル化やトレーニングによって、組織全体で共有し、再現できる仕組みを構築することです。
特定の担当者しかできない体制では、別の担当者が狙われたときに深刻なダメージを受ける可能性があります。しかし、たとえば、今回の対応例を朝礼でロールプレイングするだけでも、現場の対応力が上がります。
「個人頼み」の対応は、現場にとって大きなリスクです。
だからこそ、誰が対応しても同じ水準で判断・対応できるように「組織全体」で対応し、再現性のあるマニュアルとトレーニングが不可欠です。マニュアル整備やトレーニング体制の構築について、専門家への相談をご希望の方は、お気軽に下記よりご相談いただければ幸いです。
